自らの手と目で感じとる
癒しの本質
現代看護の礎をつくったフローレンス・ナイチンゲール。

クリミア戦争で傷ついた戦士たちを看護する姿から
「ランプを持つ白衣の天使」のイメージが広く知られています。
しかし実際には優しさだけでなく、強さとたくましさ、
時には鋭さと厳しさも併せ持った先進的な女性でした。
ナイチンゲールは「看護とは芸術である」
と書き残しています。

自らの身体感覚を通じて他者を見つめ、
手をふれることから始まる看護とは一人ひとり異なるものであり、
芸術活動と同じであると。

自分を、そして自分と同じように愛を持って他者と関わり、
豊かな情緒を育む「看護×芸術」というテーマは
これからの時代に求められる癒しの本質であると
私たちは考えます。
Okinawan Nightingale

看護の再建に生涯を捧げた
沖縄ナイチンゲール

1985年5月 赤十字国際委員会(ICRC)より、顕著な功績を残した看護師に与えられる世界最高の栄誉「フローレンス・ナイチンゲール記章」を、沖縄県出身者としてはじめて授与された女性がいました。

眞玉橋ノブ

1945年の沖縄戦では、ひめゆり女学徒隊を率いる看護婦長として、傷病者看護に不眠不休で献身、激しい戦渦を冷静沈着に行動しみなを励まし続けました。

戦後復興の道のりにおいては、類まれな博愛と献身の精神で、沖縄と近代看護の再建に尽力し、その発展に生涯を捧げました。

慈愛に満ちたノブの足跡と功績をMother Nurse(母なる看護)の言葉に託し、永遠に世界に伝えていくことが私たちの使命です。
Biography
1918年 沖縄県首里市に生まれる(11月21日)
1935年 沖縄県立第一高等女学校を卒業
日本赤十字社沖縄県支部救護看護婦養成所に入所
1939年 救護班要員として招集され、小倉陸軍病院に勤務
1945年 沖縄陸軍病院第二外科婦長として、
ひめゆり学徒とともに沖縄戦に従軍
1946年 コザ孤児院を経て、沖縄中央病院看護婦長
1951年 沖縄群島看護婦協会(現沖縄県看護協会)設立 初代会長
1966年 琉球政府立中部病院看護婦長
1976年 琉球大学保健学部付属病院看護部長
1980年 那覇市立病院初代看護婦長
1985年 那覇市立病院退職
第30回「フローレンス・ナイチンゲール記章」受賞
2004年 永眠(1月31日)
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